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まだ、まだありますが
ぼちぼちと・・
ジュンちゃん
2006年になりました。よく昔の人は『年を取ると時間が過ぎるのが早い』と言ってました。
若い頃は実感が無かったけど最近その言葉の重みを感じます(笑)

僕がギターを始めて間もない頃、まだコードも5個位しか知らない頃(秘密兵器のカポタストが有りますから)無謀にもライブを企画しました。
弾き語りで確か・・・・・吉田拓郎の曲を何曲か歌うことになりました。
対バンの中にとってもギターが上手いと噂されてるギタリストがいました。
メンソーレ中村くんの知り合いで(当時はナンキンと呼ばれてたな〜昔の名前で出ています〜
って関係ないか)ジュンちゃんといいました。
リハの為にジュンちゃんとメンソーレ中村くんの知り合いの中村さん(当時はエロと呼ばれてたな
物凄いニックネームでした。。。。普通なら怒ると思いますか)宅で初顔合わせ
とりあえず、セッションをすることに・・・・・・
当時、僕はコードしか押さえたことが無かったのでジュンちゃんのギタープレーに驚きました。
フレット上を縦横無尽に指が動いてました。。。。『カッコイイ〜』
これが・・・・リードギターなんや。。。。でも、まてよ〜この人コードは押さえんのかな???
いや、そんな奴はおらんやろ〜っと思い 恐る恐る聞きました。
『ちょっと、コード弾いてバッキングに廻ってくれるかな〜』『・・・・・・・俺、コード知らんのや』
『なに〜そんな あほな〜』するとエロさんが『こいつな〜単音しか弾けへんのや〜』
『そんだけギター弾けるのに。。。。。なんで?』
ジュンちゃんによると、リッチー・ブラックモアとかジミー・ペイジが好きでリードギターばかり練習
したそうです。完全独学で当時は教則本も無い頃ですからコードは覚えるわけも無いって
感じでした。

何年かして、僕は大阪で生活を始めてバンド活動をしたりライブを観にいったりと
どっぷりと音楽生活を送り始めた頃、大阪厚生年金会館に確か。。。。ラリー・カールトンを
観に行った帰りみち『今日のコンサートは最高やったな〜』っと余韻に浸ってたら・・・・・・・
進行方向に怪しげなファッションの団体さんが屯してました。
やばいな〜こういう人とは目を合わせたらアカン(サルみたいなもんですから・・・笑)と思い
足早に通り過ぎたその瞬間に『お〜い』やっ、やばい・・・なんか俺 失礼なことしたんかいな
っと思って振り返ると『○○くん、久しぶりやな〜』そこには、長髪にチャラチャラしたアクセサリー
何処で買ったか知らんけどケバケバシイ Tシャツ、そしてスリムのカラージィーンズに勿論
ロンドンブーツ姿の『ジュンちゃん』がいました。
なんでも、音楽がしたくて大阪まできたらしいんですが・・・・・たしかに、田舎では
その格好では『観○寺の駅は歩けんな〜』っと再開して初めて口にした言葉でした。
ミュージシャンとファション、ジャンルによってファッションが違いますね
パンクの人たちは、もつと凄かったな。。。。(冷や汗)
アーム・ジョー
ジャズライフに連載中の『ジャズ爺』って漫画を描いてる。久住昌之さんは昔、泉昌之って名前で
『ガロ』に漫画を連載されてました。マニアックな漫画でけっこう人気があった気がします。
そんな中の一作品に『アーム・ジョー』がありました。
小学生のAくんは読書がとても苦手でした。担任の先生に一冊の本を進められました。
Aくんは本の表紙すら見ません、先生は『アームジョウっていう良い本だから読みなさい』っと
ランドセルの中に入れました。Aくんは学校の帰り道で考えました。
『アーム・ジョーか・・・・』きっと、アフリカからアメリカに奴隷として連れて来られた。
力持ちで心の優しいアーム・ジョウーと言う人の可愛そうな話なんだろうな。。。。。。。
Aくんの頭の中ではどんどんイメージが膨らんでいきました。そうすると不思議なもので
あれほど嫌だった読書が『早く帰って読みたい!』に変わってきました。
『ただいまー今日ね「アーム・ジョー」って本を先生に進められたんだ』っとお母さんに言いました。
『アーム・ジョウー・・・・???』どんな本かしら・・・とお母さんは思いました。
Aくんはランドセルから、その本を取り出しました。
その本の表紙には『少年少女世界文学館 ああ無情』と書いてありました。
そう ヴクトル ユゴーの『ああ無情』だったんです。。。。。妄想ってやつですね(笑)

話は変わりまして、楽器屋さん回りで姫路に行ってた時のことです。
毎回通る道にとっても気になる看板がありました。その看板には大きい文字で
『秘宝館』と書いてました。秘宝館・・・・どんな宝があるんかいな〜
きっと、インディージョーンズがエジプトの遺跡のピラミッドから貴重な財宝を発見したんかな
それとも、中国4千年のお宝か・・・・いやいや、徳川家の埋蔵金・・・どんどんイメージが広がり
ました。
姫路の楽器屋さんで聞きました。『秘宝館ってなんですか?』『あれはな〜アダルトグッズの
店屋で』『・・・・・なんで秘宝館やねん』
っということで 妄想ってやつでした(笑)
阪南
 スキースクール
パール時代は音楽と同じくらいにスキーに嵌ってました。
ワンシーズンに6〜7回はスキーに行きました。
ある日、同僚の船根くんが『あんな〜信州で安くておまけに、スキースクール付きでお得な
ツアーがあるけど、行けへんか?』っとお声がかかりました。勿論二つ返事即決しました。

そして当日、スキーバスに乗り込んで『ワクワクするな〜』っと盛り上がりながら信洲へ。。。。
でも、なんか雰囲気が。。。。まあいいか〜
信州に到着、高級そうなペンションばかり 何処が僕らの宿かな・・・・・あれ〜
なんか変やな・・・・滅茶苦茶質素なお宿でんな・・・・でも信州やから・・・まあいいか
『それじゃ、皆さん集まってくださ〜い』『今回、阪南スキースクールに参加有難うございます』
『へっ、スキー・・・スクール・・・スキー・・・ツアー・・・・・ちゃうんかいな〜』ご利用は計画的に
って『聞いてないで〜そんなん』といっても一週間は帰れない。。。。。
おまけに、部屋は男女雑魚寝状態 まるで蛸部屋状態でした。
予想以上にハードはスクールで、準指導員や1級、2級を目指してる(バッチテスト)人ばかりで
朝6時に起きてひと滑り(リフトは動かないので担いで)8時朝食、9時より12時までスクール
昼食の後15時まで自由練習、15時から17時までスクール夕食の後、21時までナイターで
個人練習。。。。。。そんな生活を一週間続けました。
勿論、かなり上達しました。
それまで適当に滑ってた自分が恥ずかしくなりました。
どんなものでも基礎は大切ですね、だから基礎スキーって言葉があるんでしょうね
独学には無理があります。妄想で自分は上手いと勘違いもしますし(笑)
客観的に観てもらって長所、短所を指摘してもらい正しい練習が必要なんでしょう。

音楽も同じです。阪南スキースクールみたいな音楽学校があれば
僕ももう少し上手くなったか。。。。。そんなこともないか